大久保忠男氏を悼む (4)

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本日で、亡き大久保氏の記事の
4回連続のご紹介は最後になる。
この続編を、私は楽しみにしていたのだが、
その前に、大久保氏は帰らぬ人となった。

ドラッカーのこと、
ベルグソンのこと、
精神世界での氏の知識は多岐にわたり、
それを惜しげなく人々に分かち合っていらした。

大久保氏の青春時代の葛藤の話。
ドラッカーとの出会いにより、
大きく社会に足を踏み出された話。
生身の大久保氏を近く近く感じた日々のことを
懐かしく思い出す。

大久保氏のご冥福を、
お祈りくださった皆様、
ありがとうございました。

 
゜+.――゜+.――゜
 

 

マスターBが<人間の謎>について語る(4)

 
したがって、
すでに存在しなくなったものを保持し、
まだ存在していないものを予期することが、
意識の第一の機能だと言える。

もしも、現在というものが数学的な瞬間に還元されるならば、
意識にとって現在は存在し得ないだろう。
この数学的な瞬間は、
過去を未来から分別する、
単なる理論上の境界点にすぎないからだ。

こうした瞬間は概念として考えることができても、
けっして知覚されえない。
この瞬間をとらえたと思ったときには、
すでにこの瞬間は遠く離れてしまっている。
このような瞬間をいくら集めても時間にはならない。
それは、数学的点をいくら集めても線にはならないことと同じだ。
ある数学的点の横にもうひとつの数学点を並べてみる、、、
両者の距離がどんなに近づいてもそこには越え難い断絶がある。
もし両者の間につながりをつくることができたならば、
二つの点は重なり合って、ひとつの点になってしまう。

では、あなたが現実に知覚しているものはいったいなんだろうか?
それを説明できる一般的な言葉が見当たらないので、
仮に<持続の厚み>と言っておこう。
この<持続の厚み>というのは、
ふたつのものから成り立っている。
ひとつは、過ぎ去ったばかりの過去だ。
もうひとつは、差し迫った未来だ。
あなたは、過去に寄りかかり、
未来に身を傾けているのだ。
過去に寄りかかり、未来に傾いていることが、
意識存在の在りかたなのだ。
だから、意識というものは、
すでにあったこととこれからあるだろうことのつなぎ役だと言ってよい。
過去と未来との架け橋だ。
では、この架け橋は何の役に立つのか、、、
意識は何をするように求められているのか、、、
 

・・・・・

 

以下、コメント

私:今回の(4)は、難しいと感じました。何度も読んでしまった。
ということは、其れだけ魅力的であったことを意味しているわけですが。
意識であるわたしは架け橋だ、との感覚は確かに私にはあります。
で、マスターBは、架け橋にこの後、何を語りかけるのかしら…。
私の内面と擦り合わせてみるのが楽しみです。
架け橋の役割には、かなりのものがあると思う。
醍醐味が隠されているような…。

大久保氏:この架け橋が<自由の実現と拡大>を意味する
というのが、マスターBの思想です。

私:<自由の実現と拡大>、ああ、大いに納得です。
期待通りと言ってもいい位。
それがマスターBの思想なのですね。
「自由」とはと、いくら言葉を駆使しても、
「自由」は実感できない。
橋を架けようとし、
両者の間につながりをつくることができた時、
二つの点は重なり合って、一つの点になる。
その時、私たちは、
「自由」とはなんであるかを自身の内側に実現した、
と実感として知る。
と同時に「自由」には終わりがない、
拡大していくものだと知る。
なんて分かったような分からないようなことを考えてみました。
もしかしたら、マスターBと私は意気投合するかも。(笑)

大久保氏:まさしく!

私:ありがとうございます。おかげさまで、
難しいと感じて、最後のピースを置けないでいたのが、置けました^ ^。
ピッタリ収まって、しっくり爽やかな気持になりました。
 

゜+.――゜+.――゜
 

今日の写真は
輝きの中の赤いバラの蕾
花言葉は「純粋な愛」
 

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「天空の扉」

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